何でも箱の大きさは決まってるのね。

今年ももうすぐ終わりですなあ。

2016年は中盤から少しづつ、そう、奥歯の奥の歯ブラシの届かないところから少しづつ虫歯が進行するように、はたまた電話機のコードが気づいた頃にはぐりんぐりんになってるように、今まで無理してた人間関係が崩れるような出来事が起こってて、気付いたら取り返しのつかない状態になることが多くて、どうにもこうにも大丈夫なのか俺たち、みたいな心持ちになることが本当に多かった。

でも今は自分でも驚く程に清々しい気分。

すっきりした人間関係は、喉に刺さった魚の骨が取れたような、はたまたご飯を咀嚼している最中にクシャミをして鼻の奥に来ちゃったご飯粒がしばらくして取れたような、そんな爽快感があって、なんでもっと早くこうしなかったのかと自分で自分を責めたくなる程。

そう、いらない物を捨てなきゃ本当に必要な物は手に入らない。箱の大きさは決まっているからって、そんなことは良く言われることだけど物と人間関係のキャパシティが同じだなんてことを実感することは今までなかったわけで。

だってね、新しい服を買おうと思って、でもクローゼットがいっぱいなら服は買えない。

だったら着ない服を捨てるか、とはなるけどね。

新しい友達が欲しいから、今の友達捨てるか、とはなかなかならないわけで。

人間には情とかしがらみがあるから。

でもその情が無くなる時がある。

しがらみとかどうでもよくなるくらいに。1つあると2つも3つも出てくるのね。あれは不思議。

でもよくよく考えてみると何ら不思議じゃなくて、なるべくしてなってる。そういう関係は今は大丈夫でも、いつかは必ず亀裂が入るようになってる。

それが今年は結構あって、でもその後に本当に良い出会いや出来事がたくさんあって、ああやっぱり人間の持つキャパシティも一定なんだなあ、と安っぽいスピ系の本に書いてあるようなことを思ったりする訳です。

 

2016年も残りわずか。今年の汚れ、今年のうちに。

そして来年、さらに良いことがありますように。

 

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